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ばばの日記 - 201812のエントリ

明日から又・・・

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-31 22:01

12月31日(月)曇り

久しぶりに、今日は大移動した〜

普段とはちょっと違う環境。


6年間、全くテレビを観ていないばばだけど、

今、ばばの横のパソコンでは紅白歌合戦の映像が・・・

まともに観てはいないけど。


さぁ〜明日はゆっくり起きて、初詣に行ったり

彼方此方散策したりしようかな?

天気はどうだろう?


明日から又新しい1年が始まるけど、

じじとばばは相変わらず「夫婦漫才」のような日々を過ごすだろうな。


周囲の方々に感謝しつつ、お互いの健康に気を配りつつ

1日数回は大爆笑出来るような日々にしていこうね、じじ。


気持ちも新たに、明日から又ブログアップも頑張ろう!


 


 

これで良いのか?

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-30 13:45

12月30日(日)曇り時々小雨&霧雨

昨日と同じような天気の徳之島です。

朝聞いた天気予報が「曇り一時雨」だったけど少し晴れ間も見えたので

朝から洗濯して、いったん外に全部干した。

干している途中、だんだん雲が厚くなってきて・・・「降るかも・・」と思ったので

干し終わったばかりの竿を室内に運んだ。

曇天で、外干ししたのと、室内干ししたのと、どちらが先に乾くかな?と実験したくて

軒下にある竿2本は、わざと取り込まず。

昼前に触ったら、外干しの方が乾き具合が良いような気がしたけれど

今又、ポツポツ降りそうな空模様になってきたので

結果はどうなるか?まだ分からない。

夕方まで様子を見て、外の竿も中に入れようかな?と思案中。

年末の多忙な時間、もっと考えたり、したりする事があるんじゃ無い?ばば。



昨日は、ばばが子供だった頃・・・約半世紀以上も前の

「島の正月準備」の事など書いたが、書きながら

「あっ、お正月は家族で百人一首をしていたなぁ」と思い出した。


ばばは小学校低学年。

兄と、すぐ上の姉は中学生と高校生ぐらいだったかな?一番上の姉は20代後半?・・・・

それに父と母の6人でのカルタ取りだったが、読み手はいつも母。

母が「 秋の田の 〜〜〜かりほの庵の 苫をあらみ〜〜〜

 わが衣手は 露にぬれつつ〜〜〜」等と節を付けて歌うように読むのを聞いて

歌を聴いているようだけど、全く意味は分からない。

勿論、ばばは、いつも「まぐれ」で数枚取るだけで最下位。

正月の間、何回か家族百人一首カルタ取りはしたが

母が、「上の句と下の句があること」や「句の意味」なども教えてくれた。

そのうちに、意味は分からなくても百人一首に興味を持つようになり

いくつかの札を丸暗記したりもした。

「野生児ばば」が国語を好きになったのは、母の影響が大きいのかな?と

大分後になって思ったりもした。

今の時代も、お正月の家族で百人一首をする家庭があるのかなぁ??


又、お正月と言って、親戚の家を回って年始の挨拶をしたりするのかな?

ばばがじじと結婚してすぐは、ふたり晴れ着を着て親戚回りをしたりしていた。

娘達が誕生した後は、じじが娘達を連れて、叔父叔母の家に行っていた。


両親、島在住の叔父叔母も皆亡くなり

昨今の正月は、じじとばばも都会で過ごす事が多くなった。

たった数日間のお正月のために?師走になった途端に何故か周囲も慌ただしくなり

お店はごった返し・・そんな中、ばばもおせちやお吸い物の材料を揃えたり

忙しく走り回っていたのも今は昔。

最近は、お正月と言っても、普段と何一つ変わらない生活をしている、じじとばばです。


明後日は、もう、元旦なのに、未だに「の〜んびり」。

これで良いのかな?


 

残酷だったけど・・・

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-29 17:34

12月29日(土)曇り時々小雨

今日もドンヨリ〜小雨がぱらついている徳之島。

年内、晴れる日は無いのかなぁ・・・

庭仕事少しはしたいのに、全然出来ていない。


ここ1ヶ月ほど、ばばは数回ピザを食べている。

じじにも「食べる?」と声をかけるけど、100%断られる。

数日前、姉がベーコンとコーンの入った袋入りピザを買って来てくれた。




昼の用事を済ませてきてから「ピザ食べたいな」と思い、じじに声かけたら

案の定、今日も断られたので、ひとりコーヒーとピザでティータイム。

トースターで焼いたピザを見て、「もしかして???」とちょっと不安になった。

ベーコンに脂身付いてない?

今日はメガネをかけていたので、細かい部分までよく見えた。

細長く切ったベーコンだけど、ちょっと白っぽく見える部分もあるような・・・

イヤだヤダ〜〜もし、脂身だったら、どんなに小さくても食べたくない!

チーズも良い加減にトロ〜〜リとろけて美味しそう・・・

メガネを外して、ピザを三角に小さく切っておそるおそる口へ・・

んっ?食べられそう・・・

モグモグモグ・・・完食した。

ばばが食べた、ベーコンの小さな小さな白い部分、脂身だったのかな?

普通、ベーコンでもカリッカリに焼いてしまえば食べられるけど

今日の場合、カリッカリに焼けた状態では無かった。

食べられた!

もしかしたら?赤身に付いた米粒位の脂身なら食べられるんじゃ無い?とも思うけど

半世紀以上「脂身は絶対ダメ!」と思っていたけど・・・

でも・・進んではやはり食べたくないなぁ。

刺身ダメ!脂身ダメ!牛肉ダメ!タコダメ!イカダメ!と、特に肉類が食べられないばば。

ばばの年代になると、健康上からも肉類を食べなくちゃいけないと聞くけれど・・・


さてさて、お正月まで残すところ2日。

ばばが子供の頃は、正月前になると各家庭色々な準備で大人は大変だったなぁ・・・

浜から牛車で白砂を運んできて庭にまいたり、山から門松の材料になる木々を切ってきて

門松を作って立てたり・・・

各家庭で餅つきをして、鏡餅を作って、吸い物用の丸餅を作って

大きな伸し餅も作って・・・伸し餅は正月が明けてからカンナで突いて

揚げ餅用にしたり、又小さなサイコロ状に切ってあられ用にしたり・・・


ばばが一番怖かったのは・・・各家庭で豚を潰していた事。

どの家庭でもお正月用の豚を飼っていて、その豚を潰し、肉を塩漬けなどにして

1年中食べていた。

豚を潰す場面は、残酷だった。

立てかけた梯子に、豚を逆さまに固定し、喉を一突きして・・・

喉から流れでる血を鍋などで受け、それでお汁を炊いて「血汁(チージル)」と言って食べていた。

又、血を使ってお餅も作っていた。

今ならとても食べる勇気は無いが、

子供の頃は家族や豚潰しを手伝ってくれた親戚の兄さん達と一緒に食べていた。


そうそう、潰した豚は海岸迄運んで行って、毛はきれいに取って

あとは部位毎に細かく解体して、家に運んできていた。


大晦日は豚肉を使ったお汁や豚骨の煮物等々、豚肉づくし。

母は、レバーも自家製の煮物にし、ホルモン等も美味しく調理していた。

残った肉などは塩をタップリ揉み込んで、大きな瓿に詰めて保存し、何ヶ月も食べていた。


今考えるとおぞましい気もするけれど、当時は、どの家庭でもお正月前の行事だった。


子供達も、お正月の楽しみがあった。

お年玉も、親戚のおじさんから「50円」とか「100円」いただいていたけれど

それより嬉しかったのは、新しい下駄と手鞠を買ってもらえた事。

大きな手鞠を買って貰った時は嬉しくて、嬉しくて。

新しい下駄を履いて、薄く白砂の撒かれた庭で鞠つきをする。。。楽しかったなぁ〜

男の子は、凧を買って貰っていたかなぁ??

ばばの実家裏は、凧揚げの名所?

大人の男の人たちは、畳1枚分ほどもある手作りの凧を飛ばす(と言っていた)。

凧の下の方には荒縄?で尻尾が付けられ、凧が高く上がると

凧本体と紐が風を切ってヒュ〜〜ンヒュ〜〜ンというような唸り声?を立てながら

左右に揺れつつ高く遠くへ飛んでいく。

どの凧も、ほぼ、ばばの家の真上を飛んでいく。

たまには家の前の方にあるキビ畑に落ちる凧もあったけど・・・

勇壮で見ていても楽しかった。


しかし、半世紀以上経って、今は各家庭で豚を潰す事も出来ないし

出荷用以外、豚を飼っている家庭も無いと思う。

子供達も、凧揚げや鞠つきで遊ぶ子もいないだろうな・・・

門松だって鏡餅だって、お店で売られているのを買う家庭が多い・・・と思う。


ある、ばばの友人の話・・・

10年ほど前、その友人の家では、都会から門松を売りに来ていた人から門松を買ったそうだ。

何と!1セット1万円だったそう。

門松って、ほんの数日飾るのに1万円。

次の時も、売りに来たそうだが、きっぱり断ったそうだ。


昨日、ある友人の家に行くと、庭には白砂が撒かれ、門口に門松の材料が。

園芸用の鉢に、松・竹・ゆずりは・シイの木の枝?等が・・・・




あぁ〜ばばの家でも、門の両脇に門松を立てて、根っこの方には白砂を積んで

更に3本の短い薪で支えるようにしていたなぁ・・・

器用な父が立てる門松を美しいと思って、毎年見ていた。


時代が変わると、昔ながらの行事も色々変わっていく。


ばばが持っている1冊の本には、正月前の行事や、正月の食べ物のことなどが書かれている。

数十年ぶりに、もう一回、本を開いてみようかな?


 

「人間って良いね」

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-28 13:49

12月28日(金)曇り時々小雨

気づけば、もう、28日・・・

ブログを休んでいる間、色々な事があったなぁ。



おいおい書いていく事にしよう。


今日は、朝からドンヨリとした天気で時折霧雨も・・

少しだけ晴れ間が見えたかな?と思えば又ポツリポツリと雨粒が。。

朝10時頃、姉が来たのでふたりで「歩いて出かけようか?」と言いながら

門を出たら小雨・・・で戻って結局は車で出かけ、

午前中の用事を済ませてきた。

お昼少し前に帰宅していたら、

都会で暮らす、ばばよりうんと若い方からメール。

「今年は初めて徳之島町に、ふるさと納税したよ。

今日、振り込みました!徳之島の自然保護に役立てて欲しいと思って」と・・・

ばば、感動した!!

徳之島に美しい自然を守って欲しいという思いから

ふるさと納税をしてくれたなんて・・・・

じじにも話して、ふたりで感動を分かち合ったよ。


そうそう、1週間ほど前、じじ妹夫婦が久しぶりに帰省した。

お盆以来だから、約4ヶ月ぶりの再会。

妹夫婦が来てくれると、話が弾んで本当に楽しい。

ばば姉も呼んで、5人で一緒に楽しくおしゃべりしながら食事をしたり、

女だけで「ばばトーク」をしたり。

義妹と姉が買い物や炊事も手伝ってくれ、ばばは、いつもより楽は出来るし

良い事ずくめ。

夜もたまたまばばが外に出ていたら、大きなうろこ雲が沢山あって

お月様の周りをきれいなオレンジ色の輪が囲んでいて・・・

義妹夫婦やじじも呼んで感動を分かち合ったり、写真撮影したり・・

次の夜は、又、空の半分はびっしり雲に覆われ、あとの半分は真っ青な夜空・・・

初めて見る夜空の風景に、又々感動!


風景も良かったけど「人間って良いな」とあらためて思う事もあった。

義妹夫婦が帰省した日の夕方の事。

年に数回帰省した時しか、義妹夫婦は、お墓の草抜きとかも出来ない。

数ヶ月でもお墓は雑草が隙間無く生えて伸び放題になる。


今回は、義妹と姉と、ばばの3名でお墓掃除に行った。

除草用の小さな鎌とか、抜いた草を入れるゴミ袋など準備してね。

4ヶ月ぶりのお墓は一面雑草に覆われていて

「ここ、あと数時間3人で頑張って全部抜ける?」と思いながら作業開始。

心の中では「明日までかかるかな・・・でも、初めの1本抜く事から始まる」と思いながら。

鎌で雑草の根っこを掬うようにしてから1本1本抜いていく。

抜いても抜いても先は長い。

持って行った25リットル入るゴミ袋はあっという間に、いっぱいになる。

幸い、お墓は砂地なので雑草は引き抜く安いんだけど、

根っこに砂がタップリくっついていて、ちょっとやそっと振っても砂の一部しか落ちてくれない。

2袋位抜いたところで、のども渇いたので、家から持って行った

ペットボトル入りのお茶とあめ玉を出して、小休止する事に。


ちょうどばば達が作業をしているお墓とブロック塀を隔てて

男の方が同じように作業をしていたので、その方にもお茶1本と飴玉数個を

「どうぞ」と渡した。

飴玉を舐めながら作業を続けていたが、男の方が先に作業を終え片付けを始めた。

その時、ばば達が抜いた草を入れたゴミ袋を自分のゴミ袋と一緒に運んで行ってくれた。

根っこに砂がドッサリ付いた雑草がいっぱい入った袋はひとつで7,8キロはあると感じた。

その重い袋ふたつを両手で1つずつ持って行ったのだ。

車で来ていたらしく「ばば達のゴミも一緒に処分してくれるんだね、ありがたいね」と

と女3人話していたら、何と!

男の方は空っぽにしたゴミ袋2枚を、わざわざ持って戻ってきた。

ゴミだけ、自分の車に積んでくれたんだね。

お墓から車まで、結構な距離があったのに、数十キロの重さのゴミを運んで下さり

空にした袋だけを又持ってきて下さったのだ。

ビックリしたぁ・・・

島のゴミ袋は25リットルの容量のが1枚25円、

5リットルの容量のは1枚50円もするのよね・・・

思わず「人間って良いね」と言う言葉がしぜんに口をついて出たばば。

義妹と姉も感動していた。


飲み物1本と飴玉数個、お福分けしただけで

ばば達なら1個でもやっと抱えて運ぶ位の重いゴミ袋を2個も一気に運んでくれ

さらには空にしたゴミ袋をわざわざ持ってきてくれるなんて・・・


その後も3人頑張って、袋6個分の草を抜いて、周囲が薄暗くなる頃作業は終了したが

お墓から道路まで、1個のゴミ袋を両手で抱えて、やっとの思いで運び出した。

ばばは、少し離れた場所に停めた車を取って来るために

残りのゴミ袋は姉と義妹に道路まで運んでもらったが、大仕事だったろうなと思った。


約3時間位、集中しても草抜きは夏以来。

座りっぱなしの作業だったし、ちょっと足腰も痛くなったけど

お墓はきれいになったし、見知らぬ方の善意はいただいたし

さわやかな気分で帰宅した「ばば3人」でした!

行きたいなぁ、会いたいなぁ

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-19 18:14

12月19日(水)晴れ

今日も晴天の徳之島。

朝方は寒かったので、上も下も色々重ね着してしまったら

昼前には暑くて、全部脱いで薄手のTシャツとキュロット。

朝夕の気温差が大きいし、大分乾燥しているから気はつけなくちゃね。



ばばが徳之島を離れて暮らしたのは・・・

結婚するまででは高校の3年間と短大の2年間。

高校は兄と一緒に暮らしていたし、短大時代は寮に入ってので

沢山の奄美出身の友達もいたし島外の友達も沢山出来、寂しいと思った事は無かった。


じじと結婚してからは・・・

じじが在職中に手術をし、都会で暮らす娘宅に同居していた期間、

半年位だったかなぁ??じじと別居。


それより何年か前、ばばは、じじと娘を島に残して

加計呂麻へ単身赴任した3年間があった。


いつも、じじがいて当たり前、娘がいて当たり前・・・

と思っていた生活から一転、ひとり、見知らぬ土地でのひとり暮らしが始まると

何とも言えない寂しさに襲われ、昼間はそうでも無いけれど

仕事を終え、夕方、誰もいない家に帰ると寂しくて悲しくて

何故か?洗面所に行って自分の顔を見ては泣いていた。


あれから、もう20年近く経つけれど、今思い出しても切なくなる。


たまたま1週間ほど前、加計呂麻のある方と電話で話す機会があり

ばばが泣いていた事を話すと「そんな事があったの?」と驚いていた。


ひとりぼっちでの加計呂麻生活だったけど、上司も同僚もとても良い方達ばかりだった。

又、集落の方々が誰も優しくて、道で出会っても必ず優しく声をかけて下さった。

行ってすぐの頃こそ寂しかったが、時間が経つにつれ

同僚や子供達、集落の方々の優しさ、温かさに

「徳之島に帰らずに、あと数年、残っても良いかな?」と本気で思うようになっていたが

両親も高齢だし、色々家庭の事も考えて3年後には島に戻った。


ばばが加計呂麻を離れてから、もうすぐ20年。

未だにお世話になった方々とのつながりはある。


たまに送り物をし合ったり、電話を掛け合ったり・・・・


昨夕も、大きな荷物が届いた。

開けてみると、加計呂麻の先輩からで、中にはきれいに捌いたお魚やイカ

それに手作りのピーナツ味噌がドォ〜〜ンと入っていた。

送ってきて下さったのは、大先輩。

ありがたくも申し訳なくて・・・・

ピーナツ味噌は小分けにして、冷凍して、お魚は今日お昼食べられる分だけ

夕べから冷蔵庫で解凍しておいた。

夕べ、お礼の電話をすると「魚は揚げて食べた方が一番美味しいよ」と言われたので

早速、少しの油で揚げて、今日のお昼いただいた。

「揚げたての魚は美味しいなぁ」と、じじは何回も言っていた。


加計呂麻・・・

自然は美しく、人情は厚い。

もう一度、お世話になった方々に会いたいなぁ・・・


※画像は昨日夕方、穏やかな海を見て撮った、高台から見る亀徳新港周辺の風景。


 


 

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