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ばばの日記 - 201801のエントリ

1月31日(水)曇り

最近、毎朝食後に、じじとばばは勝負をしている。

何の勝負?

それはね、血圧計の数字を見て「低い方が勝ち!」なんだけど

ここ5日ほど、ばばは完敗。



ばばは20年ほど前、単身赴任先で急に血圧が上がった時

緊急で病院へ行き、計測してもらった数字が「上が220で、下が110だった。

それまで、血圧が高くて体調が悪いということ事も無く、

病院では「すぐ薬を処方しましょう」と言われた。

自分が降圧剤を飲むなんて予想だにしなかったが

それ以来、ずっと毎朝薬を1錠ずつ飲み続けている。

血圧の薬は飲み始めると「途中で止めることはできない」とかも聞き

一時的に血圧が高いだけかも知れないのに・・・と気にしながら

島に帰ってからもずっと飲み続けている。

血圧は、冬場は高くなり、真夏などは低くなって

「薬飲まなくても・・・:」と素人判断したりもするけれど

やはり、先生のすすめで薬は飲み続けている。

ばばは、朝、薬を飲むのだが、必ず血圧を測り記録した後に飲む。


昨年末、何故か、じじが少し体調不良気味になり

血圧を測ると「上が160とか、170、下が100ちょっと超え」という日が続いた。

義父は血圧は低めだったと思うけれど、義母は血圧は高かった。

じじは、これまでも、体調が悪いときに血圧が上がることはあったけど

血圧は正常だったのに、昨年末からの急上昇は何が原因だったのか?


体調悪くて血圧が上がったのか?

血圧が上がって体調が悪くなったのか?

「病院行こうよ〜」と心配するばばに「大丈夫、大丈夫」と反抗するじじ。

今日現在、病院で受診はしていない。

旅行中、娘達も心配して「お母さん、すぐにお父さん病院へ連れて行って」と言われていた。

だから、帰宅後、じじに何回か声をかけたが良い反応は無し。


そこで、病院へ行くにしても「時々血圧が高くなるのですが・・・」と言うよりも

ちゃんと記録を取って、記録を見せながら先生に相談した方が良いだろうという結論に。

先月、ばばが病院へ行ったときに血圧の記録ノートをじじの為にももらってきてあったので

毎朝、一緒に計って記録することにした。


まだ、一緒に計り始めて1週間位だが、結果は・・・完全にじじの勝ち!

じじが「130ー70」「120−70」位なのに、ばばは何時も上が130台〜10台にもなる。

調子に乗って?じじは夕食の時も計るようになった。

これは良いことなんだけど、いつも食事が終わってから計るんだよね〜

じじは、晩酌をするから、アルコールが体内に入ったら

血管が広がり血流が良くなって、血圧は下がると聞く。

昨夜も「あちゃ〜、もう、飲んじゃったよ」と言いながら測定していて

その結果も「優等血圧」。

じじは「どんなもんじゃい?」とでも言いたげな気配だけど

年を重ねると、若い頃とは体も変わるし

若い頃血圧が正常だったからと、数十年後の今も正常だとは限らない。


急にじじの血圧が上がることが無ければ、先ずは来月中旬頃まで測定結果を見ながら

病院へ行って相談して来ようかな?と思ったりしている。


寒い間は、お風呂に入るときなども更衣室を暖めながら入浴するように

心がけてはいるが、ちょっと油断すると血圧って

パァ〜〜っと高くなったりもするから、怖いよね。


じじとばば、これからもずっと「勝負」を続けながら

お互い体調管理に気をつけていこうと思っている。


話は変わって・・・

朝、掃除機をかけているとき、じじが「電話が鳴ってるよ」と呼んだ。

掃除機のスイッチを切って、電話を取ると娘からだった。

子どものこととか、家族みんな元気で頑張っているよ〜と言う話をした。

電話を切った後、再び掃除を始めたばばだが

途中から、何だか涙がボロボロ出てしまって、じじに気づかれないように

そっぽを向きながら掃除機を動かし続けた。

何故涙が出るのだろう?

自分でも不思議だったが、娘の声を聞いた途端に

「頑張っているなぁ・・・」という思いや、

娘が子ども達の為に一生懸命頑張っているのに、自分は娘達が小さかった頃

「仕事、仕事」で、あまり良い母親では無かったという思いなどが

一気にこみ上げてきてしまったんだと思う。


ばばは、何回もブログにも書いている通り

子ども達のことをあまりしてあげられなかったという思いがずっとあるから

退職後が「子ども孝行」の時だと思っている。

子ども孝行と言ったって、特別に何かしてあげられることも無いけれど

困ったときにはすぐ駆けつけ、手を差し伸べて支えてあげたいとは何時も思っている。

久しぶりに

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-1-30 17:57

1月29日(月)晴れ時々曇り

今日も洗濯はダメかなぁ・・と思っていたけど

お日様が顔を出してくれたので、8時過ぎてから洗濯して干したら

お昼の2時頃には、もう、カラッと乾いた〜


このまま晴れてくれたら、今日のうちにお墓参りに行ってこようかなぁ・・・

と思い、姉にも連絡したら「行って来ようか?」ということで、

お昼2時過ぎに実家のお墓参りに。


12月の中旬に行って、久しぶりに実家のお墓にお参りし

水を替えたり、お酒をあげたり箒目を立てたり。

お墓参りをしながら、ふと、遙か前方を見ると桜が満開!

小中学生の通学路、通称「クラチンシラ」の両側の桜が満開!。


ばばの実家集落から  小・中学校へ通学するには

「クラチンシラ」という坂を下る。

小学校と中学校へ通う道の分岐する場所は一番高い。

そこからはお墓が一望できる。

小・中学時代、通学する時、その場所で「必ずお墓に向かって黙礼しなさい」

と母から言われていた。

その場所は、通称「アタマチキドー」と言われていた。

標準語で言うと「頭を下げる場所」という意味で

親から言われる通り、必ず黙礼していた。

お願い事がある時などは、願い事を呟きながら頭を下げていた。


そのアタマチキドーから、小学校への通学路に桜が満開になっていたのだ。

これまで、町の総合グラウンドの桜なども見たが

今年見た桜のうちで、アタマチキドーの桜が一番綺麗だった。


アタマチキドーから、ほんの少し下ると、右手には神社があり

神社の周囲にも桜が満開になっていた。



徳之島で一番高い山「井之川岳」も、母校の校舎も見え

ばばのお気に入りの場所「アタマチキドー」。

今の子ども達は、この場所のことを知っているかなぁ?

と思いながら、暫く桜の下で写真を撮ったり、

景色を眺めたりして帰路についた。


明日、明後日、天気がどうなるか分からないから

今日のうちでお墓参りが出来て良かった!


帰宅途中にじじ家のお墓参りもして帰宅した。


そうそう、帰宅して不思議に思ったことが・・。

旅行から戻ってから約10日、野良猫や飼い猫や飼い犬が

我が家の庭に入り込むことが無くなって、姿が見えない。


野良猫が勝手に敷地内に入り込むのは仕方無いとして

飼い猫や飼い犬が勝手に敷地内に入るのが不思議でたまらなかった。

飼い主は誰なんだろう?とずっと思っていたけど

昨年末から何か啓蒙活動でもあって、飼い主が家できちんと飼うようになったのかな。

当たり前のことだけど、やはりホッとしたし、嬉しい。

このまま、ずっと飼い犬や飼い猫は放し飼いにしないように続けて欲しいな。

何時もと違うと・・・

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-1-29 13:54

1月29日(月)ドンヨリ曇り時々雨

普段、ばばが寝るのは11時前後。

テレビは、ここ6年ほど観ていない。

もっぱらNHKのラジオを聞くのが楽しみ。




朝起きたらラジオのスイッチを入れ、

仕事をする時も室内にいるときはラジオを聞きながら・・

そして、全てを片付けて寝るときもラジオを聞きながら。


そんなばばだが、ラジオでも国会中継や大相撲は、ほぼ100%聞かない。

じじは「大相撲」大好き!

だから、大相撲がある間は、パソコンテレビで相撲観戦。

相撲が終わるのが6時。

それからお風呂を入ったりしたら、大体夕食が8時前後。

ばばとしては、6時からは夕食の時間にして欲しいんだけど。


昨日は、6時には夕食の準備も整ったので、2階にいるじじに声をかけると

素直に下りてきた。

何時もより1時間以上早い夕食タイム。

そしたら、何と7時過ぎには洗い方片付けまで終わって、ばばも2階へ。

何と、何と!8時前に「もう、眠ろうかなぁ・・」と布団に潜り込んだ。

でもさすがに早いので、ラジオをつけて、聞きながらレシピ本や

何時も愛読している本を出して読み始めた。


それも30分位で飽きたので、眠ろうかな?と電気を消した。

まだ9時にもなっていなかった。

ばばが電気を消して暫くすると「じじも、今日は早寝しようかな?」と

ベッドに入ったみたいだった。


普段より2時間も早く布団には入ったけど、なかなか寝付けない。

またラジオのスイッチを入れ、じじの邪魔にならないように

音を小さくして聞いていたら、いつの間にか眠くなりラジオを消した。


すると、何だか訳の分からない夢をいくつもいくつも見て

朝は5時頃に1回目が覚めた。

外は真っ暗だし、早く起きてもすることも無いしと、又布団に潜り込んだ。

次に、じじの目覚ましの音で目が覚めた。

目覚ましをかけなくたって、じじはいつも4時か5時には起きているんだから

うるさいだけで、ばばにとっては迷惑。

それが目覚まし音が執拗に60回位も鳴るんだもの。

しかたが無いから、起きることにした。


夕べ寝るまでもずっと雨が降っていて、旅行から戻って以来

一番の雨量だったようで、寝るまでも雨の音、

裏の溝を流れる水音がうるさい位だった。


起きて、朝食の準備をしながら、夕べ見た夢を思い出そうとしたけれど

なかなか思い出せない。

いくつも、いくつも、夢を見たのに・・・

ただ、亡くなった人達が出てきたりして、怖い夢だった事だけは覚えているけど

最初、どういうことがあって、最後がどうなったとか全然覚えていない。


これまで、11頃に寝て、夢を見ることはほとんど無かったけれど

何時もより早く寝たせいか、夕べは色々な夢を見ていた。

楽しい夢なら良いけれど、怖い夢はねぇ。。。。


あまりに早く寝すぎるのも考えものだなぁと思っている、今日のばばです。


4時過ぎとかに起きていた時代が懐かしい〜。

義母や、叔母さんは「年取ると、眠れなくて困る」とよく言っていたけど

本当かなぁ??と思うほど、ばばはよく眠る。

平均して8時間は寝ているかも知れない。

こんな長い時間、安眠できるって喜ぶべきなのか?

それとも、ただ、ばばがグウタラになっただけなのか?

変わりゆく・・

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-1-28 17:08

1月28日(日)曇り後小雨

なかなか天気がスッキリしないね。

朝のうちは晴れていたので、食事の準備前に洗濯機のスイッチオン!

食事が終わる頃には洗濯物も干した。

久しぶりに陽光があり「良かった〜」と思っていたのに・・・

「昼前から雨でしょう」と言っていた、天気予報が当たって

お昼前にはシトシトシトシト。


ばばより先に、じじが気づき「洗濯物入れた方が良いよ〜」と。

じじが外から物干し竿を入れてくれ、ばばは竿毎受け取って

室内に干した。

長短5本の竿に、ピンチハンガー。

3日分の洗濯物って結構多いね。

曇っていても、湿度が50%前後だから、室内でも乾くかな?

理想は外干しだけど、今の時期、仕方無いね。

竿5本分の洗濯物を外に干すって、島だからできるよね・・・

って、娘宅で過ごした3週間の事を思い出した。

都会のマンションとかって、洗濯物を干すのも気を遣いながらの生活だった。

島なら、屋上に布団を干したりもできるし、布団のシーツも何枚でも干せる。



昔、昔、ばばが子どもだった頃なんか、洗濯と言えば

洗う物を背負いカゴに入れて背負って川まで行って、

大きな岩の上でゴシゴシ手洗い、絞って、軽く畳んでカゴに入れ

又背負って家に帰って、長い竹の物干し竿や垣根にも干していたなぁ・・・

子どもの力で絞った洗濯物は,しっかり絞り切れていなくて

家に着く頃、背中はビショビショに濡れていた。

難儀でもあったけど、洗濯の合間に岩の下を探って小魚やエビを捕まえたり

友達とお喋りしたり、夏の暑い日には、堤防の途中から川に飛び込んで遊んだり・・・

本当にのびのびと、良い意味での野生児だったと、今は思う。


海も山も、川も田んぼも最高の遊び場だった。


ばばがひとりで洗濯に行く時は、見晴らしの良い川だったけど

母と一緒に行く時は山道を下っていく、山の中の川だった。

山の中の川は通称「ブーチゴー」と言われていた。

ばばがひとりで行く川の、ずっと下流で海に近い川だった。

ブーチゴーはね、両方から木の枝が生い茂っていて、昼なお薄暗くて

やちゃ坊で野生児のばばでも、ひとりでは絶対行けない位怖かった。

母と一緒に川に行っても、手伝いはせず川エビを捕まえたり

小魚を追いかけて、たまには大きな岩の上で、昼寝をしたり。

ずっと以前のブログにも書いたけど、岩の上で昼寝していて

川に転がり落ちたこともあったよ。


この川の向こう岸には、田んぼ等もあった。


でも、この川が何故怖かったかというと、

ばばの後輩がこの川で溺れて亡くなった事、

又、ある日集落のおじいさんが行方不明になり、数日間集落の人達で捜索したら

この川の向こう岸をずっと山に入った洞穴の中で見つかって、

当時は「ケンムン(奄美の山に住む妖怪)に惑わされてあんなところに連れて行かれた」という

噂がまことしやかに広がった事などから、子ども達だけでは怖くていけなかったのだ。

おまけに、川に行く途中も薄暗くて道もでこぼこで大小の岩がゴロゴロしていたし・・・


そうこうしているうちに、電気洗濯機が普及し

川へ洗濯に行くことも無くなった。


大人になってから、何度か「ブーチゴー」へ下りる道の

すぐ横を通って「今、川まで下りていけるのかなぁ」と思ったけど

足を踏み入れることは、やはり出来なかった。

今は稲作もしていないし、あの川向こうの田んぼだった所はどうなっているのだろう?

もしかしたら?どなたかがサトウキビでも作っているのだろうか?

でも、川を渡って、トラックの通る道までサトウキビを運び出すのが

それはそれは大変だから、もう荒れ地になっているかも知れないなぁ・・・


懐かしいけど、ちょっと怖い「ブーチゴー」。

年間、あの川へ行く人が1人でもいるのかなぁ・・


ばばが洗濯に通っていた川も、水量が少なくなっている。

堤防から飛び込んで遊んだ、あの川も、昔の姿を留めてはいない。


変わりゆく自然、変わりゆく故郷の光景。

元気なうちは、なるべく実家通いをしたり、

海や集落の周辺を散策しなくちゃ・・・・・


洗濯の話から、変な方へ話が進んでしまって、ごめんなさい。

寂しい

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-1-27 15:11

1月27日(土)曇り


ほとんどお日様が顔を見せてくれない。

洗濯をして、部屋干しにしても良いけれど、やはり陽光の下乾かしたい。

2日洗濯をしていない。

明日は、もう、お日様が顔を見せなくても洗濯しなくちゃ。


朝、10時前後の室温は15度ちょっと。

この気温で寒いなんて言ったら笑われちゃうかな?





我が家には暖房器具と言えば、寝室にはエアコンがあるけれど

コタツは無い。

小さな電気ストーブもあるけれど、脱衣場専用。

だから、パソコンをする時や食事の時は暖房無し。

昨年辺りから、一番寒い時期には「食卓も兼用できるコタツを買おうか?」

と言いながら、結局は買っていない。

コタツを買ってキッチンに置いても、障子の時間はせいぜい30分前後。

コタツに長時間入ることも無いから、結局は買わないまま・・・

倉庫にホットカーペットはあるけれど、出すのが面倒〜

結局、何の暖房器具も無く、両親宅での生活の5年が過ぎた。

無ければ無いで、何とかなるって思えるようになった。

「どうしても必要になった時に、その時の状況にあった物を買おう」

と思っているばばだ。


ばばの知人に90歳近い、ひとり暮らしのおばあちゃんがいる。

そのおばあちゃんの家は、坂の上にある。

数年前までは、買い物をして帰るおばあちゃんの姿をよく見かけたが

最近はほとんど見かけなくなった。

そのおばあちゃんは、とても器用な方でドーナツやふくれ菓子

ショウガチップス等、おやつを作ったり

色々な野菜を作っては、ばばにも届けてくれた。


昨年まではお元気だった、このTおばあちゃん、

最近は「坂を上がるのがきつい」と、買い物にもあまり出かけないらしい。

そのおばあちゃんの近所に、ばばの先輩姉さんが住んでいる。

M姉さんもひとり暮らし。

Tおばあちゃんは、よくM姉さんの縁側に来ては世間話をし

時には一緒にお茶を飲み・・・という関係がずっと続いている。

このおばあちゃんが、今年5月には都会の子どもさんの所へ引き上げて行かれるという。

毎日のように、お茶のみ友達をしていたM姉さんは寂しくなるだろう、

おばあちゃんも慣れない大都会で、慣れるもでは大変だろうなと思う。

暖かい季節になれば、おばあちゃんはお家の近くの畑で色々な野菜を育てたり

好きな料理をしたり、そして暇な時にはM姉さんの縁側へ行きお喋りをする・・・

都会で、このようなまったりした暮らしができるかなぁ・・・


都会で暮らすTばあちゃんの子どもさん達にすれば、

年老いた母親をひとり、島で暮らさせるのは気がかりなことも多いだろうし

おばあちゃんにしても、いざという時自分の子どもが身近にいた方が安心ではあるだろう。

しかし、80年以上島で暮らした方が、急に都会へ行って暮らすのは

大変だろうなと思いつつ、ばば自分の行く末も考える。


ばばも、子ども達は都会暮らし。

今は、じじとばば2人とも自由に動けるから良い。

じじは好きな野鳥の写真を写し、パソコンで遊び

ばばも買い物をしたり、庭仕事もできる。

好きな時間に好きなことができるって、とても幸せなことだと思う。


しかし・・・あと10年、20年、この暮らしができるだろうか?

と考えると、ちょっと辛い。

住み慣れた島を離れたくない、でも、頼りになる人が周囲にいない。

あと4ヶ月足らずで島を離れるTおばあちゃんの事が

自分のことのように思われる。


10年前までは、こんな事、あまり考えることも無かったけど

最近は「行く末」「自分に残された時間」の事を、よく考える。

これが年をとるということかなぁ・・・と思ったりして

最近ちょっと気分が重くなるばばだ。


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