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ばばの日記 - 思い出カテゴリのエントリ

時代は変わる・・・

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 思い出
執筆 : 
babachan 2020-4-7 18:25
4月7日(火)曇り

知人、Aさんから電話があった。

「あるお店を予約したいけど、何回電話しても出ないの」って。

お店の方が、お出かけしているかも知れないと思い

何度も何度も時間をおいてかけ直したらしいが

朝から昼過ぎまでかけても繋がらなかったそうだ。

知人は固定電話からお店の固定電話にかけた。

電話

そこで、今日、ばばがそのお店の近くまで行く用事があったので

「じゃぁ、私が直接予約して来るね」と約束した。

今日、午前中、そのお店にも寄った。

そのお店の方に「私の知人が昨日、何回も電話したそうですが

繋がらなかったらしいです」と言うと、お店の方は

「えっ?昨日はずっと家にいたんだけど、電話は鳴らなかったよ」とのこと。

電話の着歴を見ても知人からの着歴は無くて、一昨日に別の方からの着歴が1件だけだった。

知人は電話したと言うし、お店の方は着信は無かったと言う。

どちらかの電話がおかしいのかな?という結論で、ばばは帰宅した。

帰宅後、たまたま、友人と会ったので、この話をしたら

「あっ!何年か前、うちでも同じような事があって

すぐ電話会社に電話したら、修理の方が来てくれて調べたら

家の外の配線がちょっと不具合だったようで、すぐ直してくれたよ」と言った。

そこで、知人にも連絡し、電話会社の連絡先を調べて電話をしたら、

「明日、修理の人が行きます」って。

こんな事ってあるんだね、良い勉強になりました!

最近は、電話も持ち運べる時代。

ばばの学生時代は、携帯電話とか勿論無かった。

じじと結婚した昭和48年当時も、携帯電話なんて言葉も無かったし

固定電話も職場にはあったけど、黒いダイヤル式で

個人の家も固定電話でさえ無い家庭が多かった。

ばばの家も、固定電話も無かった。

だから、加計呂麻に勤めていたじじが、ばばに電話をする時は

ばばの実家のお隣さんの固定電話にかけたら

その家の方が、大きな声で「電話ですよ〜」と裏の畑から呼んでくれ

ばばは急いでご近所さんまで走って行って、じじと電話で話していた。

結婚して、一緒に加計呂麻で暮らすようになっても

職場と集落のお店とか以外、電話は無く、こちらから島の両親に電話する時は、

近くのお店の固定電話を借りてかけていた。

逆に、日曜日とかに島の両親から電話がかかってきた時は

そのお店のおばちゃんが「○○さん、徳之島から電話です!」とマイクで放送する。

集落中の方に放送は聞こえてしまうからちょっと恥ずかしかったのは憶えている。

お店までは、走れば数十歩の距離だったけどね。

そんな時代だった。

綾小路きみまろさんじゃ無いけど、正に「あれからウン十年・・・」だなぁと思う。

まさか、電話をもちっ運んで使ったり、

電話がカメラ代わりになったりする時代が来るなんて夢にも思わなかったなぁ。

文明の利器、電話。

便利だけど、迷惑な事も多いね。

電話を利用した詐欺、売りつけ商法、ゲームのし過ぎ等々

あげたら次から次にマイナス面も出てくる。

しかし、無ければ無いで不便な事も多い電話。

特に、最近のスマホは、ばばの頭では想像も出来ない位の機能満載。

超器械音痴のばばには、とても使いこなせそうじゃ無いから

ばばは今持っている電話で充分!

我が家族でも、ばばだけ「時代遅れ感」は否めないけど

別に不自由しているわけじゃ無いから、ばばは今以上の物は望まないかな?

「歌う○○さん」?

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 思い出
執筆 : 
babachan 2020-4-5 13:51
4月5日(日)晴れ

昨日から、天気予報で今日は晴天だと聞いていたので

今朝は朝食後すぐ、車庫跡と、お墓周辺の除草剤撒きに。

除草剤・鎌・高枝切りバサミ・剪定バサミ・ジョウロ2個を積んで出発!

車ならほんの1,2分。

まず車庫跡周囲の伸びた木の枝や草を刈り払い、除草剤を撒いて

次にお墓へ行き、湯飲みや盃を洗って水などを入れ替え、手を合わせ

除草剤を・・・・

以前、除草剤を撒いたのが1月25日。

2ヶ月以上経っていたけれど、お墓の方は雑草も殆ど無く

あっと言う間に作業終了〜9時前家を出て帰宅したのが9時半頃。

シャワー浴びて、ほっと一息。

お墓周辺の除草、ず〜〜っと気にはなっていたけど、動けずにいたから

今朝は何だか気分まで軽くなった。

ホッと一息ついた途端、ハッとした。

そう言えば・・・持ち帰った荷物に剪定バサミが入っていなかった。

たしか持って出たのに・・・・

取ってこなくちゃ!じじに「もう1回お墓行って来るね〜」と

声をかけたら「どうした?」って。

「剪定バサミ忘れたから取ってくる」と答えると

「僕が撮影帰りに取ってくるよ」って言ったけど

「どうせ、忘れるでしょ」と意地悪く答えたら

「じゃぁ、車で行きなさいよ」って・・・言われなくてもそのつもりだったけど。

すぐ車で出かけ、記憶をたどって探したら、車庫跡の一番奥に置いてあった。

二度手間だったけど、これで本当に今日の仕事ひとつ終わった〜

そうそう、昨日、正体の分からない物体、磨いたら昭和49年に作られた

5円玉硬貨だと分かったと書いた。

昭和49年に出来たといえば、今後、滅多に出会えない硬貨だと思ったから

保管しておこうと思い、じじにも話した。

今朝、朝食時、じじが「昨日の5円玉、本当にどうして、あそこにあったのかなぁ」と言った。

ばばも、同感。

謎と言えば、謎。

自宅は大通りに面していて、6,7年前までは階段の前に門扉も無かった。

だから、たまぁに、酔っ払いさんが門の前に座り込んでいたり

夕方とかは若い子達が座ってお喋りをしているということも時々あった。

でも、階段の下は奥まっているし、畳1畳ほどの空間。

プランター、植木鉢、バケツ、園芸用の土少々、ワイーヤー製の棚等

大量に置かれたその隅っこにあった、すぐには硬貨だとも分からない位

汚れがこびりついていた硬貨・・・・・

札束とかだったら大事だけど、約半世紀前に作られた硬貨1枚。

硬貨1枚だけど、何故か色々な事が思われて

じじとばばにとっては、平凡な日常にチョコッと刺激を与えてくれたよ。

大事に保管しておかなくちゃ!

いつも身につける物に入れておいて、お守りにした方が良いかな?

とか考えながら、パソコンの前でのんびりしていたら、玄関に人の気配が。

この時間帯だったら、郵便屋さんが配達に来て下さったかな?と思っていると

何か歌声が聞こえるような・・・・

「歌う郵便屋さん?」

「郵便で〜す」って、毎回来て下さるけど、今日はハミング?鼻歌?

晴天で気分が良いのかな?と思っていたら

玄関が開いて「ただ今〜〜〜〜」って。

立っていたのは「歌う郵便屋さん」ならぬ「歌うじじ」でした。

家の内と外にいたから、何を歌っていたのかは分からなかったけれど。

鼻歌で帰ってきたと言う事は?良い写真が撮れたのねと思って

「ヤツガシラでも撮ったの?」と聞くと「はい、これっ、お土産!」って。

取り出したのは、今日も、タラの芽5本。

タラの芽

最近のじじは「鳥撮りじじ」ならぬ「タラ取りじじ」になっているんじゃ無い?

20年・・・

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新ばばの日記 » 思い出
執筆 : 
babachan 2020-2-27 14:11
2月27日(木)晴れ

今日の徳之島は、最高の天気です。

2泊3日と、6泊7日で帰省し、又都会へ戻っていった甥っ子達。

食事時になると、やはり「甥っ子ロス」の、じじ&ばばです。

甥っ子1号君は、20年ぶりの帰省という事もあり

2日目は、全島一周の前に、お墓参りをし、

今は更地となった実家や、祖父母の家を見たいということで実家集落へ。

ビックリしたのは、広い場所に車を止めて、集落内を歩いてみたいと・・・・

「おばさんも一緒に歩こうよ〜」と言われ、3人で歩くことに。

集落の一番中心地で、幼い頃は子ども達の遊び場だった、元、「青年会場」前から

細い路地を通って、実家へ向かった。

歩きながら、日曜日には、小・中学生全員で集落内の道を掃き掃除したこと等話した。

そして、車も離合出来ないような細い道を実際歩いて

この道を、毎日車で通って、職場へ通勤していたんだなぁ・・・・とか

台風時には近くのお宅の庭まで入り込んで

風で吹き落とされたミカンを拾っていたことなど思い出したり・・・

ばばにとっても、貴重な時間だった。

今は土台だけになっている、1号君の実家、

雑草が伸びに伸びている祖父母の家(ばばの実家)を見て

1号君は何を思ったことだろう。

実家から「オロギバンタ」と言われる、海を眺める高台へ行った。

今は亡き父が、我が家の末っ子が音楽コンクールや、発表会で

船に乗って鹿児島へ行く際に、この「オロギバンタ」で狼煙を上げ

沖行く船に乗っている孫(我が家の三女)を見送ったことなど話しながら

又、車を止めた場所まで歩いて戻った。

途中、振り返って実家周辺を」写真に撮ったり、

実家周辺

ドラゴンフルーツの栽培されている畑を見たり・・・・・

そして、1号君が行きたいと言っていた「フンニャトゥ浜」へ。

少し波はあったけれど、甥っ子君達は大きな岩の上に乗ったりして楽しそう。。。。

フンニャトゥ

その後、少し先にある「黒畦」へ行き、砂浜を歩いたり

岩のトンネルを通り抜けた後、プリンスビーチへ。

そして、金見の「ソテツジャングル」や奇岩のある「ムシロ瀬」へ・・・・

次はばばがいつもドキドキする「犬の門蓋(インノジョウフタ)」。

何故ドキドキするかと言えば、行くのは良いけど帰りが

県道に出るまで迷ったこと多々だから。

今回は3号君がスマホの位置情報で教えてくれたが、

何と!狭い旧道を通ってしまって、狭い上、カーブが多く急な坂も多かった。

通るはずだった秋利神大橋も通り過ぎてしまっていて、又戻ったり。

犬の門蓋で東シナ海を眺めながら準備して行った、お握りでお昼ご飯。

風が強くて、落ち着いて食事も味わって食べられ無いくらいで残念!

食後、周囲を散策し、次の目的地犬田布岬へ。

ここでは戦艦大和の碑を見て、グルッと回って車に戻った。

あとは、喜念浜へ行き、砂浜を眺め、砂浜を散歩させられている闘牛を見たり。

と、闘牛と歩いていた女の子が「ばばちゃんですよね」と、いきなり声をかけてきた。

闘牛

(誰だったっけ?)と思っていると「私、○○の妹△△です」と自己紹介してくれた。

あぁ〜ごめん!Sちゃんだった。

ばばを見かけると、良く声をかけ、挨拶してくれるSちゃん。

嬉しかったよ、ありがとう!

その後は1号君のホテル目指してまっしぐら、次いで3号君を家に送って

夜、又、じじの晩酌開始時刻に合わせ、集合することを約束し、ばばも帰宅。

それから、バタバタ魚屋さんに走ったりしたが、夕食の準備は、ほぼしなかった。

だって、昨夜の「巨大伊勢エビ」が、手つかずのまま残っていたから。

刺身と野菜さえタップリあれば大丈夫ということも前日で分かったし・・・

男性陣が晩酌をする間、ばばは濡れ縁で伊勢エビを焼いた。

・・・トースターでね。

晩酌の後は伊勢エビをガリガリ、ムシャムシャ・・・・

その後、午前零時前まで、甥っ子達とお喋り。

又々、1号君が、ばばの知らない色々な懐かしい思い出を話してくれ

笑った!笑った!

あぁ〜1号君は、明日、又都会の喧噪の中に戻って行くんだな・・・・

ばばと13歳違いの1号君。

今回は「母の33回忌」ということでの、お墓参りを兼ねた帰省であった。

1号君から20年ぶりに見たら、故郷も人も大きく変わっていただろうね。

でも、じじやばば、ばば姉、3号君を実の家族のように慕ってくれ

本当に嬉しかった。

次はいつ会えるだろう?

2泊3日の短い時間だったけど、1号君と共有した時間は

ばばの「宝物」になりました!

アナと雪の女王挟僂討たよ

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 思い出
執筆 : 
babachan 2019-12-29 17:28
12月29日(日)晴れ

今日もさわやかな晴天。

娘も休みなので、一緒に「アナと雪の女王」を観に行くことに。

上京の度に映画を観たりミュージカルを観に誘ってくれるが

今回は、夕べ「ねぇ、映画でも観に行かない?」と聞かれ「行きたいな」と答えたら

現在、上映されている映画を検索してくれ「アナと雪の女王供廚魎僂帽圓ことに決定。

題名は2,3年前から聞いていたが、内容は知らないし

子供向けの映画くらいに思っていて、そんなに興味も無かった。

でも、今回は前回の続編と言うこともあり、どうせ島では映画館などで映画を観ることもないし

良い経験になるだろうと喜んで出かけることにした。

夕べでチケットは娘が予約してくれた。

さらには、第1話をタブレットで観せてくれた。

「ふん、ふん、ふぅ〜〜ん」と思いながら2話に期待していた。

11時過ぎからの上映なので、早めに家を出て、映画館へ行き

チケットを購入し、おやつなども買って入場待ち。

上映が始まった。

前回、別の映画を観た時も思ったが、音量が凄い。

ストーリーはどんどん進んでいくが、あまり意味は分からない部分も・・・・

観た後も、何だかすっきりしない感じだったが、第1話同様、ハッピーエンドで良かった。

話題になった映画ではあったが、ばばの年代の方は、観客にもあまり見当たらなくて

「お母さんが最高齢者だったかもね」などと言いながら映画館を出た。

1時を過ぎていたので、近くでピザランチ。

ピザやラザニア、サラダ、デザートなどで満腹、満腹。

ピザ

電車で移動し、そのまま夕食用の買い物も済ませ、その後バスに乗り、家の前まで。。。。

帰宅すると、じじはひとりで寛いでいた。

女子同士は趣味も合うし、ショッピングとかも楽しめるけど

じじは行きたい店もばば達とは違うから、ごめんねと思いながら、

ここに居る間しか楽しめないことを、ばばは色々経験し、楽しみたいと思っている。

勿論、ひとりでは家の周囲くらいしか移動できないばばだから、全てじじ&娘頼みだけど。

楽しもう!

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 思い出
執筆 : 
babachan 2019-1-17 12:23

1月17日(木)晴れ

昨日、娘が帰宅して、猫の家政婦さん「猫村ねこさん」シリーズを

6巻まで読んだことを話したら  、さらに「猫村さんと ほしゆりこ完全版」という

分厚い冊子を出してくれ、さらには昨日届いたばかりの

シリーズ7・8・9巻まで出してくれ、

さらには別の「猫村さんシリーズ」を3冊も出してくれた。

昨日の続き3冊はは、朝の家事を終えた後、すぐ読み出し

10時過ぎには読み終えてしまった。

漫画も読み出すと、面白いなぁ。


ばばが夕べ「面白かったぁ〜」と言うと

娘ったら漫画の中に出てくる「ネコムライス」というレシピまで

ばばメールに送って・・・作らないとは思うけど

まぁ、保存しておきましょ、パソコンに。


日中、家にいるばばが退屈しないよう、本を出してくれたり

帰宅前には「今から帰るよ、何か買い物ある?」と

必ずメールをくれ、さらには徳之島では食べられないような

変わったお菓子や美味しいパン等々買って来て

じじとばばを喜ばせてくれる。

ありがたいね。


昨夜は、あるパンメーカーさんの作っているパンを買ってきてくれた。

形は細長い食パンみたいだけど、上部は、ふわふわっと紙製焼き型の外まで膨らんでいて

パンの中にはクルミとおさつが入っている。

今朝アルミ箔で包んで焼いたら、しっとり柔らかく、ほんのり甘くて美味しかった。

島では食べられない物を色々食べられるのも、旅の楽しみのひとつだね。


ばばは、生まれてから半世紀以上、ほぼ徳之島暮らし。

島を離れたのは進学で5年、就職してからは仕事の転勤で7年の合計12年だけ。

だから徳之島が大好き!

一時期「都会は良いなぁ」と思った事もあったかもしれないけれど

今は色々な情報も、すぐネットで得られるし・・・

都会に対する憧れも無い。



島に無い物が都会にはあり、都会に無い物が島にはある。

島にも都会にもある物もある。


ずっと島暮らしのばばは、都会に来ると「人負け?」してしまう。

お店や駅等に行くと、人、人、人・・・・・何千人、いや、何万人いるの?」と思うくらい

大勢の人たちがそれぞれの方向へ忙しげに歩いている。

慣れていないばばは、早く静かな場所へ行きたいと思ってしまう。

やっぱり田舎者だなぁと思ってしまう。


都会でも家の中に入ってしまえば静か。

今、ばばがいる場所は物音一つしなくて、「ここ、都会?」と思ってしまう。

島の方が車の音や人の話し声等がよく聞こえる。


年に数十日しか滞在しない都会暮らし。

せっかくだから、少しずつ行動範囲を広げ、

自分の楽しみを増やしていこうと思っている。


※画像は、買い物などで近くを通る「雅叙園」という建物の廊下の装飾画?の1枚です。

 このような絵が壁や天井にも沢山あって、ばばお気に入りの場所です。

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