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ばばの日記 - 最新エントリー

8月26日(月)晴れ

今日も晴天の徳之島、正午現在我が家の室温は33,4度、湿度48%。

洗濯して、可燃ゴミを出して、花壇の要らない草木を引き抜いて

洗い物をして、押し入れを少しだけ整理したら、もう、お昼。

あっという間に、時間が過ぎていく。仕事をしながらも色々な事を考えたり思ったりする。

庭のアジサイがピンクの花を咲かせたのが6月頃。

花が終わって約2ヶ月経った今、ピンクだった花色は何故か黄緑色になり

枯れる様子は無い。
アジサイ

この後、どうなっていくのだろう?興味津々・・・毎日観察を続けてみよう。

昔、アジサイと言えば「梅雨花」・・・梅雨の頃咲く花だと思っていたが

品種改良されているのか?時期を問わず咲いているような気がする。

我が家で、花が黄緑に変化している個体は、去年の母の日に娘がプレゼントしてくれた物。

去年は青い花が咲き、今年は土壌の成分が酸性だったのか、ピンクの花が開花。

その個体の横に、もう一株、ばばが大分前に買って植えたのがあり、

これは今、開花を始めたばかり。

やはりピンクの花になるらしい。

どちらかと言うと、青い花が好きだから、花が終わったら土壌改良してみようかな?

と思っている。

話は変わって・・・・

ばばは自他共に認めるオッチョコチョイで、他人には理解できない行動をしたり

発言をしたりする事が、たまにある。

まぁ、迷惑をかける事は無いと思うけど、自分でも腹が立ったり、可笑しくなったり。

今年の夏も娘達が帰省してくれたが・・・・

去年、帰省する娘家族を空港に迎えに行った時の事。

雨がぱらついていたので、全員分傘を持って行き、手渡したのだが

何と!あろう事か?婿殿に渡した透明のビニル傘が、方が濡れない様になっているデザインで

おまけに傘の縁にかけてバラの花が描かれているという・・・・・

「いかにも女性向け」というのをさしかけてしまい、申し訳ないと同時に

自分の行動が恥ずかしくて・・・今年は絶対失敗しないぞと思って空港に向かった。

天気は良かったので、傘の必要は無かったが、車に乗り込む前に

娘が「家に帰る前に、小さい頃行ったフンニャトゥ浜や黒畦海岸に行ってみたい。

出来れば、お母さんの実家や、お墓も子供達にも見せたい」と言ったので

「OK!」と車を発進。

娘達が幼かった頃、イソギンチャクの口?に、自分達のおやつのえびせんを

全部入れてあげたりして遊んだと言っていたフンニャトゥ浜へ行き

次に黒畦海岸へ・・・・・

フンニャトゥ浜を後にして、車に向かって歩いていた時だったかな?

「ある年の冬、○○おばちゃん(ばば姉)と一緒に、この浜に来たら、

寒さで魚が凍っていたのよ」とばばが言った。

すると、婿殿が「徳之島って雪が降るんですか?」と言うので??????。

冷静に考えると、一番寒かった頃、姉と浜辺を歩いていたら

波打ち際に寒さで仮死状態になった魚が何匹もいた。

初めて見たので、ビックリはしたが、拾って持ち帰ったりはしなかった。

あの浜辺に転がっていた魚たち、凍っていたのでは無いんだよね、

寒さで動けなくなってしまい、仮死状態になっていただけなのに、

ばばったら「魚が凍っていた」って・・・・・・恥ずかしいぃ!!!!!

ばばのこの発言に、娘家族もじじも大爆笑!ばばは「穴があったら入りたい」状態。

きっと、今回のこの発言、娘家族の「ばばの迷言集」に又1つ書き加えられるなぁ・・・・

同じ年の、ある日、別の浜辺を姉と歩いていたら、波打ち際で仮死状態になった魚を拾って

カゴに入れているおばさんを見かけた。

寒い時期だったし、きっと、食べても大丈夫だったんだね・・・・

「魚が凍っていた」発言で、恥ずかしい思いのまま、その後、実家へ。。。。。

6月頃からシルバーさんにお願いしてあった、庭の除草もお盆明けにしか出来ないということで

家の周辺は草ボウボウ、雑草が生え放題。

娘達が「トーマグ(ばばの実家の字名)ミカン」と言って、小さい頃から食べ、大人になってからも大好きだった

ミカンの木は害虫ミカンコミバエに見事やられ全滅状態。

娘もさぞやガッカリしたし、寂しい思いをしただろうな。。。。。

父が丹精込めた庭木や盆栽も、手入れが出来ていなくて、亡き父も悲しんでいるだろうな・・・と

思いながら、実家のお墓に向かった。

お盆の中日でお墓には、ばば達以外人影も無くヒッソリとしていた。

ばばの両親は、孫娘が結婚する前に亡くなってしまった。

もし健在なら、今回の娘達の帰省をどんなにか喜んだだろう?

姿形は無くても、娘が旦那様や子供達と一緒に、墓前に来てくれたこと、きっと喜んでくれただろうな・・・・

娘達は、赤ちゃんの頃から、毎週土曜日の昼からは家族全員で実家へ行き

じいちゃん、ばあちゃんと遊び、お話をし、一緒に食事をし、帰りには毎回お小遣いを貰って帰っていた。

毎週末、ばばの実家へ行くのを楽しみにしていた我が家族、

その家族が来るのを一番の楽しみにしていた、両親。。。。。。。

今回、娘が「実家や、実家のお墓へ行きたい」と言ってくれ、本当に嬉しかった。

両親も、きっと天国から笑顔で娘家族を見守っていてくれただろうな・・・と信じている。

迷言でスタートした娘家族との1週間、あっという間に過ぎてしまったけど

又会える日を楽しみに待っている。

ありがとう

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2019-8-25 14:26
8月25日(日)晴れ

我が家のゴーヤ、まだまだ元気です!

数日おきに、4,5本収穫出来る。

じじと2人だけではとても消化しきれないので、

姉、ご近所さんへも分けている。

ご近所さんが毎回大喜びして下さるのが嬉しい。

我が家はチャンプルーが多いけど、輪切りにして種を取り片栗粉をちょっと振って

唐揚げにしても美味しいし、酢の物や佃煮等々、レシピは色々あるけれど

手っ取り早くチャンプルー。

6月末頃から収穫出来るようになったんだったっけ?

これまで何十本収穫したやら。

中でも一番大きかったのは、昨日朝収穫してお隣さんへ届けた1本で

長さが30センチ以上もあり、「中が黄色くなっていないかな?」と心配していたが

「息子がまだゴーヤの実物を見た事が無いと言うので、写真撮ってラインで送る事にしたよ」って

お隣さんから電話があり、ビックリ!

昨日、スーパーへ行ったら大きめのゴーヤ1本が100円で売っていた。

我が家は、毎年、こぼれ種から発芽し実を付け、夏中食べる事が出来る。

ゴーヤは独特の匂いや苦みがあり、好き嫌いもあると思うけど、じじとばばは大好きだから

自家製ゴーヤに感謝!です。

不思議なもので、苗を買ってきて植えたオクラやナスは、あまり収穫出来なかった。

ばばの肥料や水分管理が悪いのかなぁ?と思いつつ、毎朝ご機嫌伺いはしているんだけどね。

そうそう、今朝は朝食の後、台所の整理をしながらコーヒーメーカーや

トースターを見て、娘達の事を色々思った。

コーヒーメーカーは、8年ほど前、長女夫婦がプレゼントしてくれた。
コーヒーメーカー

当時、カプセルを入れてコーヒーを抽出する器械なんて使った事も無かったし

カプセルは島では買えないので、コーヒーメーカーと同じ会社に注文して取り寄せている。

何種類ものカプセルがあり、毎回5,6種類購入している。

じじの友人が数年前「僕が島で美味しいと思うコーヒー、3本に指に入ります」と言ってくれた。

ばばは、そこまでコーヒーの味など分かりはしないが、友人が美味しいと言ってくれただけでも嬉しかった。

ずっと大事に使わなくちゃ。

今年の夏帰省した次女三女がトースターをプレゼントしてくれた。
tトースター

以前使っていた物も、まだ充分使えたが、せっかくプレゼントして貰ったので早速使わせて貰っている。

以前、トースターを買い換えるとき、チラッと目にはしたが「値段が高いし

まぁ、普通のトースターで良いかと諦めた機種だった。

焼く前に5ccの水を入れてから焼き始める。

蒸気が発生するので外はカリッとしていても中はフワッフワで、焼きたてのトーストは絶品。

毎回5ccの水を入れるという手間はあるけれど、それだけでトーストが美味しくなるんだから・・・・

帰省時や父の日、母の日に色々なプレゼントをくれる娘達。

「親に、こういう物を使って欲しい、これを使ったらもっと便利に美味しくできる」という品々。

娘達にはばばの内心の欲求が通じているのかな?と思う事が多い。

だけど、娘達の思いには、いつも胸が熱くなる。

ばばは、定年前までずっと働いていたので、娘達には寂しい思いもさせたし

母親として充分接してあげる事も出来なかった。

又、お小遣いなども本を買う分には、惜しみなく与えていたけれど

友人達と比べたら、額もうんと少なくて、娘達は不満に思っていたかも知れない。

じじとばばの教育方針としての事だったが・・・・・・

働いていた間、娘達に色々してあげたくても出来なかった分を、退職後にしてあげられたら・・・と

思うようになった。

しかし、時代は変わり都会で暮らす娘達の方が、色々知識も豊富で

じじやばばは、教えて貰う事の方が多い。

親と子、離れて暮らす分、お互いを思い合う気持ちは強いと思っている。

年に長くて2週間から3週間しか会えないけれど、会えば意見が衝突する事もあるけれど

いくつになっても子供は可愛いし、宝物。

去年上京したときだったかなぁ?手をつないで夜道を歩きながら、娘が言った。

「お母さん、いつまでも長生きしてよね」って。

その瞬間、(こういう時間が、あと何時間持てるんだろう)と思い、自分の年齢を考え

切なくなって、胸が痛くなった。

健康で、元気で、娘達から頼られる親でいなければ・・・・と、切実に思う昨今のじじとばばだ。

野次馬→お節介?→感謝

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2019-8-24 14:00
8月24日(土)晴れ

今日も洗濯日和・・・・ほんの数秒雨がぱらついて軒下に取り込んだが

すぐ庭干しにし、数時間でお日様の匂いがする洗濯物を取り込み

あれや、これやでチョコチョコ動き回り、パソコンの前に座った。

ちょっと前の話になるけど、ごめんね。

去る11日は徳之島の夏祭り「どんどん祭り」のパレードがあり
どんどん祭り


夕方、じじ、姉と3人で出かけ各団体の御輿や踊りで気分も高揚し6時半を回る頃帰宅。

さて、少しリラックスタイム・・・と思った時、我が家の車庫付近でブ〜ッ、ブ〜ッ、ブ〜ッ

ガガガガガガガッという異音が。

県道で何かあった?と3人とも車庫前に走った。

すると、1台の軽乗用車が正に我が家の前の道路に止まり、運転席では若い青年が

必死にハンドル操作をしているようだった。

車の横には、ばば達より少し年配の女の方がオロオロした様子で車を見守っている。

車中の青年の必死な様子を見て、じじが道路を横切り車へ走り、話を聞くとギアが入らない?とかで

車が全く動かないらしい。

女の方は、左折しようとしたが急に車が動かなくなったと話した。

不幸中の幸いと言おうか、車は道路の左端の方で停まってはいた。

しかし、この道路も結構車の行き来はある。

じじが青年から話を聞き、運転席に乗ってハンドル操作など色々やってみたが

大きなエンジン音?を響かせる物の、車は動かない。

「どうしよう?どうしたら良いんだろう?」と女の方はオロオロ。

その日は日曜日で、その上、お祭りパレードの直後。

修理屋さんでも空いている所は無いだろう。

じじ、若い青年、車の持ち主の女の方、ばば姉、ばば、5人いてもどうしようも無い。

車を押して、少しでも邪魔にならないように動かそうとするも、全然動かない。

ばばと姉は、ただ見ているしか出来ない。

ふと、日曜日でも、お祭りでも、警察に連絡したらどうだろう?と一瞬思ったばば。

女の方も同じ事を考えたみたいで、すぐ警察に電話した。

その後も、ご近所さんの若い青年や、じじの同級生、たまたま通りかかったじじの同級生

通る車の運転手さん等にじじが声をかけ、協力を依頼し、

何とか車を移動させようと試みたが動かせない。

車の後ろを力一杯押してもダメで、それならばと車の前に回った左右に分かれ持ち上げようとしてもダメ。

四苦八苦しているうちにパトカーが2台到着し、車の持ち主に色々話を聞き

その後、警察官も一緒になって移動作戦。

パトカーが駆けつけた時点で、最初から奮闘していた若い青年は

「僕はこれで失礼して良いですかね」と、車に誰か乗せていたらしく、何処かへ走り去った。

警察官ふたり、じじと同級生ふたり、ご近所の若い青年の男性6人が「セ〜ノッ」で

息を合わせ、車の後部を押すと・・・動いた!!!!

ほんの少しだけど。

それを何回も繰り返し、やっと交通の妨げにならないと警察官が判断した場所まで移動成功!

ほんの数メートルだけど、男性陣は疲労困憊の様子。

女の方は何度も何度も「ありがとうございます、ありがとうございます」と深く頭を下げ続けた。

車も無事移動できたし、警察官が「車の持ち主と色々話を始めたので、じじ、姉、ばばも撤収。

次の日は、月曜日で、ゴミ出しの日だったので、車庫前に行ってみると、車はまだ昨日の位置に停まったままだった。

「修理屋さんも開くし、早く修理できると良いな」と思いつつ、

10時過ぎ用事で倉庫に行く途中、又、車の方を見ると修理屋さんか?

作業着姿のふたりの男性の方が車の近くに立っていた。

「良かった・・・」と思い、じじにも報告した。

それから数日経った朝、玄関で女の方の声がした。

出ると、あの車の持ち主の方が紙袋を下げて立っておられ、それをばばに差し出しつつ

「先日は、本当にありがとうございました。お陰様で助かりました」と頭を下げた。

恐縮したばば、「どうぞ、お気遣いなさいませんように」と紙袋を戻そうとしたが

「ほんの気持ちです.是非受け取って下さい。」と・・・・・

お話によると、お住まいは我が家から徒歩数分の所にあるらしく、

お名前まで教えて下さり「これからもご近所さんとして、よろしくお願いします」と

ご丁寧に挨拶して下さり、帰って行かれた。

何だか申し訳に様な気もしたばば・・・・

じじに話すと、じじも恐縮していた。

ばばは、ただ見てるしか出来なかったのに、ばばにも丁重にお礼を言われ、恥ずかしくさえ思った。

「ほんの気持ちです」といただいたお菓子は、コーヒーのお供に毎日いただいた。

いただく度に、あの日の事が思い出され、じじは「僕、お節介したのかな?」と言うので

「そんな事は無いよ。あの女の方は心から感謝して下さったのよ。

困っている人を見て、自分が出来る範囲で助けた事は絶対お節介では無いよ。

(情けは人のためならず)って言うでしょ。じじが困った人を助けてあげたら

じじが困っている時、又誰かがじじを助けてくれるよ」とばばは言った。

行きすぎたお節介はいけないと思うけど、あの日、じじが駆けつけ

ご近所さんや同級生にも声をかけ力を合わせて故障した車を移動させた事は

お節介なんかじゃ無い。

たまたま通りかかった同級生も、親しい友人だったから声をかけやすかったんだよね。

じじが駆けつける前に、故障車の運転席で奮闘していた青年・・・

パトカーが来て、「もう安心、大丈夫!」と安心して、自分の目的地に向かったのだろうが

せめて、車のナンバーを覚えておけば良かったなぁ・・・と、思った。

偉いよなぁ・・・あの青年、まだ20代のように見えたけど・・・

今年のどんどん祭りは、その後の出来事で、思い出深い物となりました。

※ 画像は、どんどん祭りパレードの一コマです。

この年で走った・・・

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新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2019-8-23 14:33
8月23日(金)晴

今年の夏は、我が家、次々にお客様。

6月14日、義姉が同窓会で帰省、その後次女と三女、次に娘の上司ご夫妻、甥っ子、姪っ子

そして、長女家族・・・ザッと数えたら 、家と空港を20数回往復した。
寝姿山

たいしたおもてなしは出来なかったけど、それでも普段2人だけの食卓が

賑やかになり、楽しかった。

お客様がいらっしゃると、食事をどうしよう・・・・と、いつも思う。

ばばは洒落た料理が作れないし、作れるメニューと言えば豚骨料理や煮物、酢の物くらい。

それでも、娘達が手伝ってくれ、洗い方付けもしてくれ楽をさせて貰った。

じじも、普段の撮影は二の次で、滅多に行かない場所に娘や孫達を連れて行ってくれたり、

子供達は子供達で夜は花火を楽しんだり。

例年に無い賑やかな約1ヶ月だった。

昨日から、又、じじと2人の平凡な日々。

義姉、娘達やその上司ご夫妻、孫、甥、姪の事等々、懐かしく思い出し話題にしながら過ごしている。

忙しかったけど、それ以上に楽しかった約1ヶ月間。

娘達やじじが「大丈夫?」「ダウンしないでね」とか労いの言葉をかけてくれたが

自分でもビックリするほど元気、元気。

みんなが帰ってしまったら、気抜けしてダウンするのでは?と思ったが

そういう事も無く、今朝も雑草が伸び放題になりかけていた空き地に除草剤を撒いたり

この夏に使った寝具や食器、容器、道具等々、きれいにして所定の位置に戻したり

元気いっぱい、動き回っている。

次は、もう少し涼しくなったら、じじの妹夫婦が来てくれるって。

共通の話題も多いし、義妹から色々な料理も教えて貰えるし、今から楽しみにしているよ。

そう言えば・・・去る13日、迎え盆の日、実家のお墓へ行く前に

今年亡くなられた方で、お弔いに行っていないお宅があったので焼香に行って来ようと姉と出かけた。

出かけたのは良いが、校区外のお宅で、お家が全く分からず、道を通る人もいなくて

右へ行き、引き返し、左へ行き、引き返し・・・を繰り返していた。

見知らぬお宅に突然入って行って「○○さんのお宅はどこでしょうか?」と

聞くのも憚られるので、何とか自分達で探してみようと頑張った。

だんだん日も傾きかけてきたので、少し焦りも出た。

10分以上迷っていたが、たまたまラックが通りかかったので、運転手さんに声をかけ教えて貰った。

何回も、お宅の前を通っていたのに、最近は表札も無いので、素通りを繰り返していたのだ。

焼香も済ませ、立ったら、そのお宅の方が、何か両手にお土産を持って来られた。

「どうぞ、お気遣い無く・・・」と姉と2人、小走りで外へ出た。

すると、さっきの方が何か持って、姉とばばの後を追いかけてきたので

申し訳ないとは思ったが、ずっと車の所まで走った。

「この年で、こんなに走る事って無かったね」と車の中で話しながら

実家のお墓に向かった。

何年ぶりだろう?走ったのって。

自分では走っているつもりでも、端から見たら早歩きにしか見えなかっただろうなと

自分の走っている姿を想像して笑ってしまった。

普段、走る必要も無く、退職後は、ほぼ走った事は無い。

でも、今回思った。

せめて百歩位は走ってみる事も良いかな?と。

勿論、誰もに見られない時間帯で、じじにも気づかれずに・・・・・

って、思う傍から「今更、何のために走るの?」と囁く、もうひとりのばばがいる。

走らなくても、食事の時間以外、ほぼ動きっぱなしだから、現状のままでも良いんじゃない?とも囁いてくる。

とにかく自分を甘やかさず、家族にとって「頼れるお母さん」でいる事が、ばばの目標です。

※ 画像は、娘達を迎えに行った日に写した「寝姿山」です。
 
  見れば見るほど、髪をとき流して寝る女性の姿に見える・・・と思うんだけど

  喉仏が・・・・・

徳之島町どんどん祭り

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新ばばの日記 » 日常生活
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babachan 2019-8-12 18:31
8月12日(月)晴れ

昨日までのドンヨリ空から一転、午前中、我が家から見える上空は雲1つ見えず、吸い込まれそうな青空。

ここ数週間で一番の晴天ヵも知れない。

昨日ブログの最後に、「嬉しい事がもう一つあった」と書いたけど

それは昨年、じじの友人が下さった「桜ラン」が今年も花を付けてくれた事。

蕾の間全然気づかず、今年の開花は半分諦めていただけに

見つけた時は、とても嬉しかった。

クチナシの木の枝に吊し、日陰で管理してきたけど、見事応えてくれた桜ラン。

桜ラン

花って良いよね、ありがとう〜〜〜

さて、昨日は空一面雲に覆われたような空の下、徳之島の夏祭り「どんどん祭り」パレードがあった。

最近の天候不順から、花火大会は前もって延期と決定していたが

パレードは例年通り海岸近くのメイン通りで、夕方5時?5時半から行われた。

じじ&ばば&ばば姉3人はカメラを抱えて5時前には家を出た。

パレード出発時刻をはっきり知らなかったので、早めに家を出たのだが

我が家から通り迄は、徒歩でも5分。

ばば達が到着した時、警察の方や地域の青年達が既に交通整理を始めていた。

車は通行規制でパレードの間は、迂回路を通る事になっている。

会場となる通りの両端には地域の方々や、他の地区からも沢山の方が訪れ

自分達の好きな場所に陣取って、パレードの開始を待っていた。

顔見知りも多く、彼方此方から声をかけられ、久しぶりに会った方とはハイタッチをしたり

ハグをし合ったり・・・

今か今かとパレード開始を待っていたら、放送があり、闘牛が先ず登場。

3頭の闘牛が、飼い主や身内の子供達に手綱を引かれて、道路をゆっくりゆっくり歩いてくる。

徳之島の文化の1つ、闘牛。

闘牛が夏祭りパレードに参加するようになったのは、4,5年前だったか?
闘牛


若きリーダーと期待されていた、町議のM君が提案して、実現したとか。

最初の年、パレードでM君と会ったら「僕が闘牛の参加も提案したんですよ」と話してくれたが

そのM君、突然の病に倒れ、翌年か翌々年には沢山の方に惜しまれながら

天国へ旅立ってしまった。

M君は天に召されてしまったけれど、闘牛のパレードはM君亡き後も続いている。

昨日は,M君もきっと天国から闘牛や多くの町民のパレードを見ていてくれただろうなぁ・・・と思う。

闘牛のパレードが終わった後は、役場の若い青年達が御輿を担いで登場。

汗びっしょりになりながら、元気よく練り歩いてくる・・・・

その後、町長さんや副町長さん、役場職員の方々が「花の徳之島」「ワイド節」を踊りながら登場。

20近くの団体がそれぞれ趣向を凝らし、パレードするのだが、ばばはやはり実家集落

花徳の方々の登場を今か、今かと待っていた。

じじが、スッと動画撮影で、ばばは一眼レフでの撮影をじじから任命?され、

パレードの参加者達をカメラを通してしか見られないのが残念!

踊りながら、次々と目の前を踊り連の方々が通り過ぎていく。

ばばに向かって手を振って下さる方もいらっしやったけれど、カメラから目を離せず

「あれあれあれ?どなただったっけ?」と思った時は既に通り過ぎてしまっている・・・という事の連続。

それでも、最後の方になって、いよいよ実家集落の御輿登場!!!

元気なかけ声をかけながら、御輿を担ぐ青年団、御輿の上でパフォーマンスをする青年、

笑顔満開で踊り連が、その後に続く。
花徳集落

その瞬間だけは、カメラから目を離し、踊っている後輩達や御輿の上のパフォーマーに目を向ける。

暑さ対策にシャワーをかけながら、パレードは続く。

小さな子供達から先輩方まで、元気溌剌笑顔のパレード。

何と言っても御輿は圧巻!

今年もきっと各団体の中でトップ優勝するだろうなと確信しつつ、シャッターを押し続けた。

その後は製糖工場関連の方々、東区婦人団のパレードと息もつかせぬ位
製糖業

楽しく素晴らしいパレードが続いた。
太鼓

最後の団体が通過するまで約1時間半位かかっただろうか?
最終

各出場団体とも、例年に無く、工夫が凝らされ見応えのあるパレードであった。

最初、ばば達が会場に到着した時は見物客が少ないような気がしていたが

終わり頃になると、大勢の人、人、人・・・・・

今年は例年とコースが逆になっていた。

昨年までは亀津新漁港を出発し亀徳新港が終点のコースだったが

今年は亀徳新港出発で、亀津新漁港が終点。

1キロ足らずのコースでは歩けれど、暑い中、浴衣や着ぐるみ、法被等々

それぞれが趣向を凝らしての参加だったが、参加者の皆さんは暑かっただろうなぁ・・・・

ばばは、ただカメラを抱えて彼方此方移動しながらの撮影だったが

それでも、肩や腕が辛かった。

パレードが終わって、帰宅したら、じじが「あの中から使う写真は数枚だよ」って。

あ〜ぁ、そうなんだ、じゃぁ、手抜き撮影すれば良かった。

必死になって全団体の写真を何枚も何枚も撮り続けたけど・・・まぁ、良いか。

少し気が楽になったよ。

ホッとした所で、パレードの最終地点、亀津新漁港からは賑やかな音楽が聞こえだした。

パレードに引き続き、芸能大会や抽選会が始まったようだだ。

じじとばばは、例年パレードを見るだけで終了〜〜

今年も前日まで天気と変わって、強い日差しも無く、曇り空の下でのパレード、最高だったよ。

昨日のパレードのパワーが空の雲まで吹き飛ばしてくれたのか、今朝は日本晴れとも言えそうな真っ青な空。

みんなが心を合わせ、年々盛り上がりを見せる徳之島の夏祭り「どんどん祭り」、

参加された皆さん、本当にお疲れ様でした。

もう、今から来年のパレードを楽しみにしているばばです。

※ 自分のカメラも持って行ったのに、じじのカメラでの撮影が多く

  闘牛パレードでは、闘牛の後ろ姿しか撮れなかったという・・・

  じじは、ばばが苦労してて撮った写真うまく使ってくれるかな?
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