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ばばの日記 - 行きたいなぁ、会いたいなぁ

行きたいなぁ、会いたいなぁ

カテゴリ : 
新ばばの日記 » 日常生活
執筆 : 
babachan 2018-12-19 18:14

12月19日(水)晴れ

今日も晴天の徳之島。

朝方は寒かったので、上も下も色々重ね着してしまったら

昼前には暑くて、全部脱いで薄手のTシャツとキュロット。

朝夕の気温差が大きいし、大分乾燥しているから気はつけなくちゃね。



ばばが徳之島を離れて暮らしたのは・・・

結婚するまででは高校の3年間と短大の2年間。

高校は兄と一緒に暮らしていたし、短大時代は寮に入ってので

沢山の奄美出身の友達もいたし島外の友達も沢山出来、寂しいと思った事は無かった。


じじと結婚してからは・・・

じじが在職中に手術をし、都会で暮らす娘宅に同居していた期間、

半年位だったかなぁ??じじと別居。


それより何年か前、ばばは、じじと娘を島に残して

加計呂麻へ単身赴任した3年間があった。


いつも、じじがいて当たり前、娘がいて当たり前・・・

と思っていた生活から一転、ひとり、見知らぬ土地でのひとり暮らしが始まると

何とも言えない寂しさに襲われ、昼間はそうでも無いけれど

仕事を終え、夕方、誰もいない家に帰ると寂しくて悲しくて

何故か?洗面所に行って自分の顔を見ては泣いていた。


あれから、もう20年近く経つけれど、今思い出しても切なくなる。


たまたま1週間ほど前、加計呂麻のある方と電話で話す機会があり

ばばが泣いていた事を話すと「そんな事があったの?」と驚いていた。


ひとりぼっちでの加計呂麻生活だったけど、上司も同僚もとても良い方達ばかりだった。

又、集落の方々が誰も優しくて、道で出会っても必ず優しく声をかけて下さった。

行ってすぐの頃こそ寂しかったが、時間が経つにつれ

同僚や子供達、集落の方々の優しさ、温かさに

「徳之島に帰らずに、あと数年、残っても良いかな?」と本気で思うようになっていたが

両親も高齢だし、色々家庭の事も考えて3年後には島に戻った。


ばばが加計呂麻を離れてから、もうすぐ20年。

未だにお世話になった方々とのつながりはある。


たまに送り物をし合ったり、電話を掛け合ったり・・・・


昨夕も、大きな荷物が届いた。

開けてみると、加計呂麻の先輩からで、中にはきれいに捌いたお魚やイカ

それに手作りのピーナツ味噌がドォ〜〜ンと入っていた。

送ってきて下さったのは、大先輩。

ありがたくも申し訳なくて・・・・

ピーナツ味噌は小分けにして、冷凍して、お魚は今日お昼食べられる分だけ

夕べから冷蔵庫で解凍しておいた。

夕べ、お礼の電話をすると「魚は揚げて食べた方が一番美味しいよ」と言われたので

早速、少しの油で揚げて、今日のお昼いただいた。

「揚げたての魚は美味しいなぁ」と、じじは何回も言っていた。


加計呂麻・・・

自然は美しく、人情は厚い。

もう一度、お世話になった方々に会いたいなぁ・・・


※画像は昨日夕方、穏やかな海を見て撮った、高台から見る亀徳新港周辺の風景。


 


 

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